「モラトリアム」という言葉を聞いたことがありますか。
一時期、「モラトリアム症候群」や「モラトリアム人間」という言葉が流行していたので、聞いたことくらいはある人もいるかもしれません。
では、発達心理学におけるモラトリアムとはどのような意味で、どのような時期のことを指すのでしょうか。
また、人の発達段階においてモラトリアムが果たす役割とは何でしょうか。
この記事では、発達心理学におけるモラトリアムの意味、期間、モラトリアム人間、モラトリアムから抜け出す方法について紹介します。
(※モラトリアムという言葉にはいくつも意味がありますが、この記事で紹介するモラトリアムは、発達心理学用語において人の発達段階の一時期を表す単語です。)
モラトリアムの意味とは
モラトリアムとは、人が一人前の大人として社会に出る前の、社会的な責任や義務を果たすことを猶予されている期間を表す概念です。
英語では「moratorium」と表記し、日本では「モラトリアム」とか「猶予期間」と訳されます。
モラトリアムの意味
モラトリアムは、元々「債務の支払いの猶予期間」、「法律の公布から施行までの猶予期間」という意味で用いられていた単語です。
しかし、ライフサイクル理論(心理社会的発達理論)で有名な心理学者のエリク・H・エリクソン(Erik Homburger Erikson)が、青年期(12歳~22歳)における人の特質を表すために「心理社会的モラトリアム」という言葉を使ったことから、発達心理学用語として定着しました。
現在は、発達心理学におけるモラトリアムの認知度が高まっています。
エリクソンのライフサイクル理論(心理社会的発達理論)
エリクソンのライフライクル理論(心理社会的発達理論)とは、エリクソンが提唱した、「人が生まれてから死ぬまでにの発達に関する理論です。
ライフサイクル理論は、「人は生まれてから老いて死ぬまでの人生を通して発達する」という生涯発達の考え方に基づいており、人が出生時から予定された発達段階に沿って成長し、各発達段階には乗り越えるべき発達課題と危機が存在すると説明しています。
そして、発達課題と危機のバランスをうまく保ち、成長や健康に向かうプラスの力が衰退や病理に向かうマイナスの力に勝る経験を積み重ねることが、より良い人生を獲得するために重要だとしています。
ライフサイクル理論では発達段階が8段階に分けられており、各段階の発達課題が「vs」または双方向の矢印で対の形で表記されています。
- 乳児期(0歳~1歳6ヶ月頃):基本的信頼感vs不信感
- 幼児前期(1歳6ヶ月頃~4歳):自律性vs恥・羞恥心
- 幼児後期(4歳~6歳):積極性(自発性)vs罪悪感
- 児童期・学齢期(6歳~12歳):勤勉性vs劣等感
- 青年期(12歳~22歳):同一性(アイデンティティ)vs同一性の拡散
- 成人期(就職して結婚するまでの時期):親密性vs孤立
- 壮年期(子供を産み育てる時期):世代性vs停滞性
- 老年期(子育てを終え、退職する時期~):自己統合(統合性)vs絶望
モラトリアムが登場するのは、青年期です。
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モラトリアムの期間
モラトリアムを簡単に言い換えるとすれば、「大人として社会という大海原にこぎ出す前に、大人になることについてじっくり考えるための準備期間」です。
または、「どのような大人になるのか、なりたいのかについて、冷静に考えられるだけの精神的な成熟を遂げ、肉体も大人と同じくらい成長しているものの、社会的責任や義務が猶予されている期間」です。
モラトリアムの期間を年齢で表すと18~22歳前後、つまり、日本であれば大学生や大学院生の期間が該当します。
ただし、モラトリアムの期間については研究者の間で意見が分かれており、そもそも期間を厳密に定める必要はないという意見もあります。
日本におけるモラトリアム
エリクソンは、モラトリアムを「人が一人前の大人として社会に出て行くために必要な準備期間」だと位置づけていました。
しかし、日本においては、「社会的に許された猶予期間を過ぎているのに、いつまで経っても猶予を求め続けて大人になろうとしない(社会的責任や義務を果たそうとしない)状態」という意味で使用される傾向があります。
これは、精神分析医の小此木啓吾の著書「モラトリアム人間の時代」など、モラトリアムの否定的側面を強調した書籍や主張の影響だと考えられます。
モラトリアム人間
モラトリアムの否定的側面を捉えた表現として、モラトリアム人間という単語が生み出されています。
モラトリアム人間とは、一人前の大人として社会に出て、社会的責任や義務を果たすべき年齢に達しているにもかかわらず、精神的に未熟で社会に入り込めずにいる人間(その状態)のことです。
つまり、周囲からは大人の一員になるべきだと見られているのに、モラトリアムから抜け出そうとしない人が、モラトリアム人間です。
小此木啓吾の著書「モラトリアム人間の時代」で一気に知られるようになり、一時期の流行語にもなりました。
モラトリアム人間の特徴は、以下のとおりです。
- ありのままの自分を認められない
- 当事者意識が薄い
- 選択できない
- 無気力
それぞれの特徴について見ていきましょう。
モラトリアム人間の特徴1:ありのままの自分を認められない
モラトリアム人間は、「まだ本気出してないだけ。」とか「本当の自分はもっとできる人間だ。」と思い込み、そこから抜け出しにくい傾向があります。
自分を客観的に見ることができない、または見ることを避けようとします。
モラトリアム人間の特徴2:当事者意識が薄い
自分や所属する集団の課題や問題に対して当事者意識を持てず、他人事のような対応をすることが多いものです。
結果、周囲と親密な関係が築けず、孤立しがちです。
モラトリアム人間の特徴3:選択できない
「ありのままの自分を認められない=自分を客観的に見ることができない」ため、人生における重要な選択を迫られてもあちこち目移りし、何も選択できません。
仕事を続けることも難しく、短期間で職場を転々としたり、ニートや引きこもりになったりしますが、自分を正当化してごまかそうとします。
モラトリアム人間の特徴4:無気力
モラトリアム人間は、ありのままの自分が認められず、進むべき道も定まらず、当事者意識が持てないため周囲からも疎んじられがちです。
そのため、内にも外にもやる気を引き出す刺激がなく、無気力状態に陥りがちです。
こうした一連の症状をモラトリアム症候群と表現することもあります。
モラトリアム症候群がこじれると、うつなどの精神症状が出て慢性化してしまい、さらに状態が悪くなることもあります。
モラトリアム人間を抜け出すには
モラトリアム人間は、日本に限らず世界中で増え続けていると考えられています。
原因としては、本人の性格や資質といった内的要因だけでなく、以下のような外的要因も大きいものです。
- 家庭環境:ひとり親家庭、親がいない、過保護・過干渉、DV家庭、家族にモラトリアム人間がいるなど
- 周辺環境:情報過多、指導者の不在、モデルとなる人物の不在、友人・知人との関わりの乏しさなど
- ネットの発達:社会に出なくても生活費を稼ぐことができる、引きこもりを続けても孤独を感じにくい、ネット上で自分の価値観に合う人とだけ交流したり情報を集めたりして自分を正当化するなど
人の性格や資質を変えるのは容易ではありません。
そのため、モラトリアム人間を抜け出すには、取り巻く環境を改善することが重要です。
そのためには、まず「ありのままの」自分を受け入れ、自分のできることややりたいことに実際に取り組んでみることです。
行動することで、できることややりたいことが具体化され、進路もおのずと見えてくるものです。
ネットから距離を置き、付き合い方を見直すことも重要です。
当然、モラトリアム人間になった状態から一人で抜け出すのは困難なので、周囲の支えは不可欠です。
まとめ
モラトリアムは、本来、一人前の大人として社会に出て活躍するために必要な期間です。
しかし、モラトリアム期間というのは、一定の成長を遂げながら周囲から社会に出ることを猶予されている「ぬるま湯」の状態なので、いつまでも浸かり続けてモラトリアム人間になってしまうリスクをはらんでいます。
一旦、モラトリアム人間になると抜け出すのは容易ではなく、社会に出るのが遅くなりがちなので、子どもの様子を慎重に観察し、子どもが自分の意思で生きる道を選択して社会に出て行けるようサポートしてあげることが大切です。
「年齢的にはもう一人前だから。」と遠慮せず、積極的に関わってあげましょう。